2020年02月22日

ヒバクシャ署名推進奈良県民の会が結成

ずっと願ってきた県民の会が本日発足しました。奈良県は若草の会が解散後、被爆者の方々の会はなくなっていました。点在している被爆者の方に声をかけて奈良県で署名を推進していく会を作ろうと取り組んできました。何人来てくれるかと正直不安がありましたが、今日は被爆者の方が5名、2世の方が3名参加してくれて被爆者の方々は一人一人マイクを握り体験を語ってくれました。
感激です。私はなぜこの会を作ったのかという思いを訴えさせていただきました。

核兵器廃絶被爆者署名推進奈良県民の会 
本日はお忙しい中、核兵器廃絶被爆者署名推進奈良県民の会の結成にご参加いただきありがとうございます。私は県会議員の今井光子です。
なぜ今日に至ったかを報告させていただきます。
私はNPT再検討会議要請行動に2010年2015年と参加し2020年の今回は中学の孫と一緒に参加をする予定です。
とりわけ今年は原水爆禁止世界大会がニューヨークで同時に開催され被団協原水協原水禁が一緒に開く大会で、核兵器だけでなく気候変動や、経済格差是正などこの地球で人類が生き残るための課題をテーマに開催されます。

私は1955年に静岡で生まれました。両親は54年の4月1日に結婚しています。その1か月前3月1日焼津港を出発した第5福竜丸がビキニ沖で水爆実験に相被爆し、死の灰をかぶって戻ってきました。当時結婚式にはお刺身がなかったと聞かされていました。戦争で片腕をなくした叔父はずっと平和運動に取り組み核兵器廃絶署名を1件1件回り袋井市の過半数の署名を実現するなどを見ていたことが影響していたと思います。

広島長崎に原爆が投下され10年もたってからビキニをきっかけに原水爆禁止世界大会が始まったと聞きました。10年間空白があったのは被爆者であることを言えばひどい差別を受け、被害者が声を出せない時期があったからです。

核兵器のことについて話し合う世界の会議に行ってみたいというのは前からありましたが、親の介護などで行けず2010年に初めて行くことができました。
2010年の第8回NPT再検討会議のときはオバマ大統領自身が核兵器廃絶を表明しイラク戦争反対のアメリカ国内の運動もあって盛り上がりを見せました、国連本部で初めての原爆写真展が開かれました。
しかしその時に核兵器は非人道的だということが最終文章に入りました。
それは被爆者の方々が大変な差別を受けながら自らをさらけ出して世界に訴えたそのことが大きく動かす力となりました。サーロ節子さんともお会いして日本でも頑張ってくださいと握手しTきました。核兵器の廃絶の目標の年が広島市長さんが平和首長会議を立ち上げて50年にあたる2020年としていることを知りました。2020年までに全世界から核兵器をなくそうという取り組みは被爆者の方々が生きている間にという思いがこめられています。核兵器廃絶に目標の年があること、人間の手で作られたものは人間に力でなくすことができるという確信は大きな力になりました。

2015年にはロシアのプーチン大統領が3月中旬にクリミア半島の軍事介入に核兵器使用を準備していたと発言して世界を驚かせNATOも其れに対抗する軍事演習を繰り返している状況でした。
しかし日本の被爆者の方々の体験は世界を動かし人道的立場から核兵器の使用は認められないという世論が世界を動かしています。日本からの署名は633万6205筆となりました。追加で800万筆を超えました。
こうした草の根の運動が広がる中で国連では2017年に122か国が賛同して核兵器禁止条約ができました。生物兵器の禁止条約はありましたが核兵器に関しては何のお咎めもないという世界でした。世界の50か批准すれば90日後から条約が発効されます。ここには核兵器を使用することはもちろん持つことも研究開発することもすべてが禁止です。
素手の35か国が批准しています。ほかの条約に比べても批准の速度が速くおそらく年内には実現するのではないかといわれています。

当時県会議員として何ができるかを考え多くの皆さんに声をかけて集めていただいた署名は960名になりました、またすべての自治体の首長さんにもお願いして奈良県は全国で初めて全自治体の首長の核兵器廃絶の賛同署名実現の県になりました。
今では全自治体が平和首長会議に参加し非核平和宣言自治体になっています。
県議会では2017年の3月議会で核兵器の廃絶を求める意見書を採択することができました。英訳して国連に送りました。

ヒバクシャの方々の訴えこそ世界を動かす力だと確信を持ち、全国では長崎県や長野県などで様々な立場の方々が核兵器廃絶の一致点で署名を広げる県民の会というのがあることを知り奈良県でもぜひ実現したいと考えていました。
核兵器廃絶の運動なら原水協だと思い梅林事務局長に相談していました。特に奈良県は被爆者の皆さんの会であった若草の会が早くの解散したことで被爆者の会がなく、被爆者の方が中心になって進めるというのは大変困難な課題でした。高齢化が進み、思いがあっても体が動かない、そっとしておいてほしいなどです。
ヒバクシャの方だけではなく2世3世そして核兵器をなくしたいと願うすべての人がその一地点で力を合わせることがいま求められていると思います。
全国ではすでに26の県で県民の会が立ち上がっていると聞いています。取り組みが不十分で多くの皆様にご迷惑をおかけしたことをお詫びし。世界中で数億の署名を集めようという大きな目標が実現できた時世界は変えられると思います。
年末にはローマ教皇も来日して訴えられました。その時原発事故を起こしたのは大人、病気におびえて生きていくのは僕たちですと訴えた原発事故避難者の17歳の鴨下まさきさんが訴えました。
県内で被爆者手帳を持っている方が528人です。全国では原発で放射能を浴びた労働者の持っている手帳のほうが被爆者手帳を上回ったと聞きました。

奈良県からも世界で数億人の署名を集める取り組みの一環を担いたいと思います。私も年明けから様々なところを回って地元北葛城郡の町長さんや、学校保育所、シルバー人材センターなど署名をお願いします。自民党の議員さんにも協力をお願いして79筆をいただきました。今517名ぶん集まっています。
奈良県でいま8万筆と聞いています。7月の国連総会に向けて県内で20万筆を集めたいと思っています。本日ご参加の皆様の草の根の力を破棄して本日の結成にあたってのあいさつに代えさせていただきます。

西宮ヒバクシャの会の代表武居勝敏さんが西宮の経験を語ってくれました。兵庫の知事や自治体の首長の顔写真入りの署名推進の呼びかけポスターなど、具体的で大変参考になりました。いつも署名用紙を持ち歩いている人。たくさんの人に頼んでいる人、イベントの人が多いところで署名をするためにお祭りなど回っている人など楽しい取り組みが紹介されました。

また今年の4月NPT、原水爆禁止世界大会に参加する新婦人の加奥さんが、お母さんが青森で平和運動をしていたこと。戦争体験のあるお父さんから戦争の話を聞いたことがなく最近初めて聞かされた。一番身近な語り部は家族。体験をしている多くの人、戦争を知らない多くの人に身近な家族に体験を語ってほしい。と。


posted by みっちゃん at 18:29| Comment(0) | 日記

2020年02月14日

社会教育委員会

社会教育委員会があるため四国の高松から朝6時8分の電車に乗って奈良に戻ってきました。
奈良県では社会教育主事が置かれている自治体が39市町村でたった3自治体のみ。有資格者は79名とのこと。昔のことを知っておられる委員さんからは前はどこでも置かれていたとのご意見が。地域の課題解決のために人と資源をコーディネートして地域の活力を引き出す社会教育主事は、持続可能な社会にためにも大切な存在です。この度社会教育士という資格ができることになるそうです。これをきっかけに奈良県ももっと増やしていく必要があると白熱した議論になりました。

一般質問の打ち合わせ。
議案の説明
外来医療計画の説明
教育委員会の説明

朝が早かったのでとりあえず寝ることにします。
posted by みっちゃん at 21:14| Comment(0) | 日記

2020年02月13日

共産党県議団で視察 上勝町に行ってきました

県議団で四国に視察です。徳島県上勝町。葉っぱビジネスとゴミ0で有名になった町です。共産党の明田議員と懇談。高齢かが進み45品目の分別とステーションに運ぶことが大変な家庭も出てきていることを伺いました。
年末の選挙で1票差で当選されて6期目とのことです。
移住されての立候補で大変だったようです。
それでも村のあちこちに、共産党のポスターが張られて頑張っている様子がうかがえました。新聞配達の合間の時間で私たちのために来てくださいました。

その後彩り事業とゴミ0事業について説明を聞きました。一人の農協職員の熱意が今日の彩り事業を推進してきたこと。村の農産物を何とかウイ出したいと懸命に頑張ってきましたが、カンパでミカンが全滅。何をしようかと考えていた時に、町のすし屋で添えられていた紅葉していたモミジの葉っぱを感動して持ち帰った女性を見て、これなら村にたくさんあると、思い村の人に話しますが、だれも相手にされず、葉っぱが売れたらみんな億万長者だと馬鹿にされたそうです。それでもあきらめずに,花木農家に反して飾り門を出荷しだしたら人気が出て売れるようになったそうです。そのために職員さんは築地の市場や、料亭に通ってどんなものが好まれるかを研究。今でははっぱビジネスは153人にまで増えているそうです。多い人出1700万円も稼ぐ人まで出ています。平均で150万円ほど。お年寄りが喜んで生きがいを持って働いている姿は素敵です。
その後継者たちが移住していることもわかりました。ゴミ0ではリサイクルでお金が入るのが200万、お金を払って引き取るのが600万。全て焼却したら1600万。人件費抜きでゴミ処理コストは400万です。現在新たなリサイクルステーションが建設中でした。窓は家の解体などででた、窓枠がつかわれていました。原材料に細かく避ければかなりのリサイクルができることを学びました。

夜は香川県の共産党の候補者の白川さんと新しく県議になった秋田さんと交流会。いろいろなお話を聞かせていただき楽しく交流できました。
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2020年02月07日

南部議連、南部東部特別委員会の視察に参加して

2月6,7の2日間、議連の視察で吉野郡を訪問してきました。私が初当選した時、30年も前ですが、共産党の議員では私だけが中南和地域の出身でした。そのため自分の中では大和川から南は私の責任エリアのように勝手に思ってきました。水資源対策特別委員会ではまだ大滝ダム建設前で移転の話などがされていた時です。林業が活性化すれば南和地域がよくなるのではと吉野林業を考える会で3年間ほど毎月川上村に通ったりなど思い入れのある地域です。
議会の南部議員連盟は橿原市より南の地域となっていて加入の希望していましたが、今回南部東部特別委員会になったことで参加させていただくことができました。
粉雪の舞うとても寒い日でしたがか、一般社団法人わかみらいふの取り組みはとても感銘を受けました。
、1300人の村。coopの宅配、ヤマト運輸、新聞、ヤクルト今村民が利用しているサービスをかわかみらいふが仕事として受け、配達のたびにお年寄りとコミュニケーション。看護師も一緒に訪問して健康チェック。ガソリンスタンドも経営。ドクターへりや防災拠点にも配達。年収2億円。出向いてつなぐ行政。毎月1回医師の巡回診療。読みたい本の取り寄せもok。3つのバス路線にデマンド送迎。その結果転入が増え子供の割合が増えてきています。上北むらでは学校跡地を使ったとちの木センター。下北村では地元の皆さんとの交流会。県の部長、南部の市町村長さんも参加。懇談させて戴きました。
宿泊は下北山村スポーツ公園の宿泊施設。夏場は全国からサッカー少年がたくさん来ているとのことでした。
希少生物コサナエが生息している地域ということでもとても興味がありました。
南部議連南部東部特別委員会視察2日目、下北山村のbiyori 、木材加工センターを視察。biyori は保育所後を留学生の寮にしてその後をみんなが集まれる場所、オフィスで使うなどしています。デザイナーの方が活躍されています。すぐお隣の民家を村が15年契約で借り、今慶応大学の学生さんが、村の木を使って自由に改築中。4月にはオープンの予定。移住されてきたドイツ人の方が指導されていました。木材センターは休業していた加工所を村が買取り運営を委託。移住して来た青年が家族で頑張っていました。
今回視察して以前との違いを感じました。過疎の進行で先が見えず暮らしていけなくなるという不安がありました。今回は田舎が今一番新しいという印象を受けたことです。その大きな力になっているのが地域おこし協力隊で村に来てくれた若者が底に住み続けてくれたり、ネットワークで協力し合いながら、新たな仕組みや物を作って発信し始めていることでした。そして今までの村の暮らしの中にこそ持続可能は新しいものがあるという学ぶ姿勢があって交流が生まれだしていることです。
人々の中に希望を感じたことが今回視察の大きな成果だったような気がします。

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2020年02月04日

コンベンションセンター内覧会 難病議員連盟と患者団体との懇談会

今日は奈良県コンベンションセンターの内覧会。jwマリオットホテルから直接行き来できるようになっており、大屋根のイベント広場や、賑わい店舗。いろいろな部屋があって様々な会議に使えます。大型書店もできるのでちょっと寄りたいのですが駐車場400台が気になるところ。220億円かけて、奈良の木をふんだんに使ったものになっていました。

難病患者さんと議連と初めての懇談会でした。難病疾患センターが保健所内にあるためアクセスが不便という声が。視力に障害が出る障害の方は行動介護の時間が40時間しかなく、県が各自治体の状況を調査することになりました。

posted by みっちゃん at 21:01| Comment(0) | 日記
http://mituko-imai.jp