2017年01月17日

ベトナム旧正月 お話ローソク新年会

昨日は大阪でベトナム旧正月のパーティーが開かれて参加させていただきました。
去年は着物で参加したので皆さんに写真などを取っていただきましたが、今年は寒いのと、もう一つ帯がうまく結べずに断念。
堺に総領事館があるため堺の経済界の方がたくさん来ていました。総領事のチャン ドゥック ビン 氏にご挨拶。ベトナムのリーダーは40代で若い方々です。奈良に留学している学生さんは学費が足りずアルバイトで大変とのことです。
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今日は朝から昨日の相談医療事故問題のことで、相談に乗ってくれる弁護士をということで、ホームページの依頼内容を調べて返事をさせていただきました。

県の国際課から昨日ベトナムにあった静岡県の紹介パンフを届けたところ、奈良県も観光プロモーション課と情報共有させてもらいますという返事がきました。

香芝お話ローソクの会の新年会。普段は参加できませんが新年会は毎年楽しみです。
会員さんがそれぞれ持ち話を語ってくれるのが楽しみです。
泥かぶら もんがく クリスマスの靴下を下げるわけ 身上半分 マッチ売りの少女 赤ずきん
私は阪神淡路大震災から今日で22年目ということで 記憶を伝え続けていく意味を込めて 新見南吉 ひとつのひ を語りました。 
ボブディランの絵本 「はじまりの日 」京大有志の会が作成した 「わたしのやめて」も読み聞かせを行い
とても喜んでいただきました。
お話はとても奥が深くやめられませんね。
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posted by みっちゃん at 17:16| Comment(0) | 日記

2017年01月15日

橿原市会議員選挙 竹森議員の事務所開きに参加

橿原市の市会議員選挙がもうすぐです。1月29日告示、2月5日投票。多数激戦。共産党は現職の竹森衛議員と、西川まさかつ議員にくわえて、元議員の今西たかあきさんを擁立して3議席目指して頑張ります。

今日は竹森議員の事務所開きがあり参加しました。太田敦議員、青木みつはる4区予定候補、正木敦中南和地区委員長がそれぞれの立場で訴えました。
生家が事務所のため、地元の皆さんは小さいころからの竹森さんもご家族も皆よく知っています。
総代さんからご挨拶をいただきました。現在は農業をされているとのこと。
農業こそすべての基本であり、TPPなど海外に輸出入するのではなく、地元の取れたものを地元で消費するような経済にならないかとご意見を述べておられました。
高齢化で若者が少なくなっています。
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竹森さんの訴えはとても分かりやすいものです。橿原市は国保料は4人家族で400万の収入で42万円。払えない人の差し押さえは県下1・保険証も取り上げるやり方です。
いっぽうで、市の庁舎の建て替えに伴い5階までは市役所、5階以上10階まではホテル。15億円がホテルの分に使われます。
夏場には暑くて我慢を超えている学校の教室のクーラー7億でできますが、ホテル優先。
多くのアンケートの返事が来ています。竹森議員の毎日駅頭に立っておこなう演説は有名。というより橿原市の風物になっています。粗大ごみの回収の有料化案など、市民の暮らし直撃にはっきりノーが言える議員を。


谷川書記長から本日から始まる党大会にむけ、女性の広場を広げてほしいとの連絡をもらい2人の方に購読していただくことになりました。
posted by みっちゃん at 16:57| Comment(0) | 日記

2017年01月14日

寒ーい出初式 防災講演会 、王寺町後援会新年会

北葛城郡の出初式が上牧町健民グランドで行われました。
今日は寒波到来で、雪を心配していましたが雪はなく、とにかく痛いような寒い日でした。
消防団の皆さんはとても寒そうでしたが、なぜコートを着ないのかといつも思います。

県会議員を代表してあいさつをさせていただきました。昨日「日ベト友好協会」でベトナムに行き帰国したこと。ホイアン(保安)という世界遺産の街は過去たびたび水害に見舞われ、そのため子供たちは雲を見ると災害が来るかどうかの予想ができるようになっている。住民の暮らしの中に防災が息づいている。
消防団の皆様の豊かな見識を防災にも大いに役に立てて必ず来る災害に普段から対応できるよう大いに力を発揮してくださいと挨拶させていただきました。

午後から奈良県防災講演会に参加
100年会館で、大規模災害時の自衛隊の災害派遣活動について 第3統合幕僚長 折木良一氏の講演と、自衛隊の音楽隊による演奏が行われました。
ふるさと、川の流れのように、また君に恋してる、などなじみの曲が演奏されました。自衛隊の災害対策として被災地でこのような曲の演奏会を行っているそうです。

阪神淡路大震災から22年、4割が経験がない人、どのように災害を伝えるのか。
自衛隊の防災活動は昨年541回、その6割が緊急輸送でヘリによる離島などからの病人の搬送。
自治体がドクターヘリを導入することが増え回数は減っている。
災害時の待機要員は陸上自衛隊で3870名。車両は1100両航空機は36機
大規模災害時はとにかく人命救助を一緒に行わなくてはいけない。最近は合同演習がたびたびおこなわれている。
自衛隊は23万人、東北大震災の時は何人出せるかといわれて防衛警備を行い、災害派遣数は12〜13万人。
奈良県は津波は心配ないが活断層が多い。内陸型の熊本地震のようなことが想定される。熊本は自信はないといわれていて熊本から周辺の件に応援することを想定していた。地震がないから安心と企業誘致も進め、6割の県民が何の備えもしていなかった。最初の地震を本震と思い、余震が実は本震で災害が広がった。
これまでは支援物資はオーダー型でしていたが今回はプッシュ型。ところが車中泊が多く物資の届け先が不明でさばききれなかった。 ヘリは有効だが、空中での消化は大量の水を撒いたら都会では2次災害になる危険がある。
過疎地、高齢化している地域では消防団は災害時大きな役割を発揮しているとのことでした。

緊急消防援助隊と、自衛隊の関係のことなど聞いてみたかったのですが質問はできませんでした。

お悔やみ1軒 享年79歳 昨年末に突然お亡くなりになり家族葬でしたのでお悔やみに行ってきました。

王寺町後援会の新年会 それぞれ新年の抱負を語りあいました。小中一貫校のことが地域で話題になってきています。




posted by みっちゃん at 22:03| Comment(0) | 日記

2017年01月13日

ベトナムに行ってきました

奈良日ベト友好協会で1月6日から今日までベトナムに行ってきました。予定では昨日帰国予定が冬の寒波が到来したとかで飛行機が飛ばず、もう1泊することになりました。今回の目的は社会主義って何ということ。
昨年訪問して個人財産や自由主義経済のことを見て、いったい社会主義って何? が今回のテーマでした。
また昨年訪問した時に原発とは何かを溝川先生が日本人学校の皆さんに講義をしましたが、その後原発が中止になったとのニュースを聞いて、そのことも聞きたい中身でした。
本当にたくさんのベトナムの方々にお会いすることができました。どこでも温かく迎えていただいて感激です。ベトナムは町中を見渡すと必ず建設工事が行われていて、その目覚ましい変容ぶりは驚きです。
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1、よその国の軍隊がない 2、徴兵制は18歳からだそうですがこの国の兵士は外国には出ていきません。国を守ることが仕事です。3昨年中部の海が工場排水で汚染されたくさんの魚が死んだそうですが、経済のために環境を犠牲にはしません。という言葉に感激しました。4たくさんの働く女性に会いました。そして彼女たちは大きなおなかではつらつと働いていました。産休は生まれる前と生まれてから6か月まで。その後は仕事に戻ります。産休中の給与は全額補償されます。5、出産は2人を目標にされています。日本では信じられません。6、昼の休憩は11時30分から1時まで。博物館も今から休憩ですといわれて退場しました。
昼休憩中町中でみんなが集まって話している光景をたびたび見ました。
7、選挙は15歳から投票できます。議員は選挙で選びますが首長は国が任命しています。9割の高い投票率ですが家長がまとめて投票ということがあるようです。
8どこでも働く人がたくさんいました。日本なら機械化されるようなことも人が行っています。9子どもの教育はとても熱心です。
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フートー省に吉野の桜の苗木を贈ったということでフン王の墓地に行ってきました。テレビ局も取材に来て地元のニュースになりました。気候が違うので育てるのが大変ですが、囲いをして大切にしてくれていました。
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夜は地元の文化サークルの人たちと交流。カラオケでさくらを歌ったら100点。
昼の歓迎会の時も日本のお返しに桜を歌わせていただきました。

フエ中央病院も見学、大変忙しい月曜日の朝に時間を取ってくださり説明していただきました。奈良医大との交流もあるそうです。日本人の病院といわれる新しい外国人向けの病院も見てきました。
保険があり無料から2割までその人の状況で違っています。
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世界遺産のニンビン、ホイアンも見学。ゆったりと時間が流れました。ホイアンは保安の由来になった町で過去何度も水害に襲われています。子どもたちは雲を見ただけで大雨を察知して高いところに避難する教育が身についています。
いよいよ帰国、空港で飛行機に乗る直前に寒波でフライトできないことになり、ベトナム空港がとってくれたホテルでもう1泊。ハノイのリゾートホテルですが、ベトナム戦争が勝利したお祝いに、キューバのカストロ首相が送ったという有名なところでタンロイという「勝利」という名前のところでした。
新春の集いで司会をする予定でしたが、間に合わず太田議員に依頼することに。
ベトナムでは、おちゃ、農作物、文化財の保存、経済交流など日本との交流を望んでおられました。
たくさん写真を写しましたが、カメラとパソコンの接続ができず映像を伝えれないのが残念です。
posted by みっちゃん at 18:32| Comment(0) | 日記

2017年01月05日

3.11から6度目のお正月

福島から母子避難されている森松明希子さんが福島に里帰りをされたレポートが届きました。改めてその大変な状況が伝わってきます。事故から6度目のお正月。そのまま紹介させていただきます。

福島帰省レポートと年頭のご挨拶

お支えくださる皆さまへ

福島から大阪に母子で避難中の森松明希子です。

3・11の震災から6度目のお正月でしたが、震災後初めて、年末年始を福島の自宅で過ごすことができました。

大阪市ボランティア・市民活動センターと市民フォーラムおおさかが出してくださった里帰りボランティアバスにご乗車の皆さまま方に子どもたち二人も助けていただいたおかげで、無事、大阪ー福島の往復ができました。

このバス内でしか会えない避難者同士の交流や近況報告も、いつも長きにわたる避難生活を送る私たち避難者にとりましては、同じような状況の避難者同士、安心して本音が語れる貴重な「場」ともなっていまして、
家族離散の困難な状況を乗り越えているのは我が家だけではないということもまた、大変な励みとなっています。本当にいつも感謝です。

添付の写真は2017年1月1日@福島県郡山市の自宅から撮影したものです。
ぜひご覧いただけましたらと思います。

「フレコンの 前で子育て わたし無理」
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約1年前に出現した福島の自宅前のフレコンバッグ(核のゴミ袋詰め)。1年経っても、挑戦的に鎮座するフレコンバッグ。我が家の玄関出たら視界に飛び込んできます。ここは福島県郡山市、思いっきり市街地です。
   
この前を春には新一年生になる我が子を 何の防護策もせずに毎日無防備に通学させようとは、 どうしても私は思えないのです。 
 
私は誰よりも「福島」と向き合っていると自負しています。3.11以降、毎日が「今日も避難を続ける」という決断の連続なのです。
  
まだ言ってるの? いつまで避難って言いつづけるつもり?もう移住だよね?家族で引越したら?

あの日から、1日も休まず向き合っているのです。 誰よりも真摯に向き合っているという自負と自覚が私にはあるのです。

私は6年前の3.11当日、当時0歳と3歳だった子どもたちを育てる親として、 小児甲状腺ガンは素人目に見ても原発事故の影響による多発にしか見えない丸6年後の今、この地で何の防護策もとらずに生活することは、 私には考えられないというだけなのです。
 
他方で、福島県郡山市は強制避難区域には一度たりともなっていません。一見すると、人々はふつうに暮らしを営んでいるように見えるでしょう。福島に残り、仕事をしている私の夫もその中の一人かもしれません。 
「避難」は「保養」の最たるもの、と私は思っています。

つまり、「母子避難」という我が家の選択は、国家的な保護も救済も何一つ制度としても確立していない中での 私にとっての最大限の被曝防護策であり、放射線被曝から免れ健康を享受する権利をただ、ひたすら実践しているだけなのです。
  
個人の尊厳を全うしながらの苦渋の決断でもある「避難」という権利の行使を、続けさせてほしい、
そう思う年頭の私の思いがあります。

健康を享受するという普遍的な権利の行使を妨害する権利は誰にもないと思うのです。
今年も避難を続けなければならない現実があるから、その選択を続けようと思います。 
 
原発国内避難民が避難を継続したいと発言することにますますプレッシャーを感じながら迎える福島原子力災害から6度目の正月ですが、原発避難者としての視座を据えた発信をできる限りで、できる範囲で続けたいと思うのです。 

今年も避難を続ける必要性が、私にはおおいにあるので、避難を続けさせてほしいと思うのです。

応援してくださる皆様方、ご理解とご協力をしてくださるすべての皆様方に心から感謝を申し上げます。

この問題について、ご自分ごととして、この国の未来のために、次世代を担う子どもたちのために
ご一緒に歩み、ご尽力くださる全ての方々に、心から感謝と敬意を込めて、
新年のご挨拶とさせていただきたいと思います。

本年もどうぞよろしくお願い致します。 

原発被害者訴訟原告団全国連絡会 共同代表
原発賠償関西訴訟原告団 代表
東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream(略称:サンドリ) 代表
森松明希子
posted by みっちゃん at 20:47| Comment(0) | 日記
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