2018年06月29日

経済労働委員会 種子がなくなると食べ物がなくなりそしてあなたがいなくなる

今期最後の経済労働委員会でした。
最初に議案の審査、その後それぞれの委員がこの委員会にかかわる自由な質疑になります。
今期委員長をさせていただきましたが、皆さんが終わってから最後に質問をいたしました。

食肉センターに先月委員会視察をさせていただきました。委員の皆さんと理事者側の関係者の皆さんにお礼を述べ、奈良県の畜産振興、後継者がいなくなって畜産農家も減少。食肉センターも屠畜頭数が減少、みつえ高原牧場をどのようにしていくのか、後継者問題ではNAFICの大学校でも畜産コースを選ばない。県の畜産政策がバラバラで、屠畜頭数を増やすと計画に書いてあるがどうするのかを質問しました。
県は農家戸数は減少しているが意欲のある所で後継者がいて規模拡大を希望しているところもあり応援していく、などと見解を述べました。

種子法廃止後の奈良県の対応について質問。私はこれからも変わらないというのであれば条例を作って今後も継続していくことを明記するべきと質問。埼玉、新潟、兵庫の3県は条例制定していますが奈良県は、米麦改良協会と県との覚書を毎年更新して原種を確保していくとしています。しかし毎年更新では担当が変わったり、相手方の事情が変われば奈良県の種子が守れなくなります。

種子がなくなれば食べ物がなくなりそしてあなたがいなくなる。
県の回答は変わりませんは求め続けていくつもりです。

2022年で生産緑地法がなくなり市街化調整区域の農地が宅地並みになると100倍の固定資産がかかってきます。国会で上智子議員が取り上げ年生産緑地法が全会一致で通りました。県内の12市が対象になります。これをよく知らせて県内の都市の農地を守ることを求めました。
生産しなくなった土地を自治体が借り受けて希望者に貸し出したり、学校給食用に野菜の生産地に活用すること環境問題、防災の点からも生産緑地を残すべきと要望。

中小企業向け融資の保証料について、業者の方から経営が厳しいところほど高い保証料はおかしいとの声があることを紹介、県は厳しいところには手厚い補償になるようにしているがもともとの国が逆立ちの保証料になっていて、差し引くと厳しいところが高くなる。おかしいのではないかと質問。県は国に改善を求めるとのことでした。

近畿大学生が中高生に森林について授業をする第1回目の講義を見たが、年齢が近く子供も真剣に聞いていた教え方も工夫されていてよかった。もっとこうした取り組みを進めてほしいと言っておきました。

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2018年06月28日

文教委員会で高校再編の慎重審議を求める請願が否決

今日は県立高校再編計画の慎重審議を求める請願が、文教暮らし委員会に付託されてたくさんの方が傍聴に来られました。
請願は共産、公明が賛成しましたが、自民、維新、国民民主、創生奈良が反対して否決。
議案提案の再編計画は、共産、維新(個人として)賛成。自民、国民民主、公明、創生ならが賛成で可決されました。
 
教育長の答弁で少し変化が。平城高校に入学した生徒は3年後は奈良国際で卒業予定が平城高校として卒業。また学校名から地名をなくしたところも地名を入れることを考えるとのこと。可決の瞬間泣いていたお母さんもおられて.皆さんがどれほど高校を残したいのか熱い思いが伝わります。

最終日7月3日最終日本会議で採択して正式決定です。
過半数の賛同が得られなければ否決されます。議員も人の子。平城高校に今年入学された生徒さんの訴えは議員に少なからず届いたと思います。

6月8日に再編計画の校名が発表されました。パブリックコメントは校名を隠して3月に実施して92件の意見が出ましたが今回はなし。6月議会に計画を出して議案で通してしまおうというやり方は後世に禍根を残します。未来につながる方向を。もともと少ない奈良県の県立高校。定員を減らすなら学校ではなくクラスを減らせ。
宮本次郎議員大奮闘でした。

posted by みっちゃん at 19:54| Comment(0) | 日記

2018年06月27日

Tさんとのお別れ

昨日、大変お世話になった方の突然の訃報を聞きましたが、その時はもう葬儀が始まるため、議会の質問にもなっていたため、最後のお別れもできませんでした。
今日は朝からご自宅にお悔やみに行ってきました。
私が何度も選挙に挑戦していたころに、選挙の責任者をしていただきました。

最後はご自宅で奥さんに看取られてお亡くなりになったそうです。7年間の闘病生活ほんとうにお疲れさまでした。
奥さんから「今井さんはどうしても当選させなくてはと言っていました。」と聞いて、熱いものがこみ上げてきました。
息子さんは私の名刺を見て「今井光子さんの名前は子供のころからよく聞いて知っています。親父は選挙になったら帰ってこなかった。自分が選んだ道を進むことをほめてくれた。」と言われていました。

五島列島の出身で、お父さんは島で天理教をされていたそうです。当時はキリシタンが迫害を受けていましたが、島では天理教も迫害されていたとのことです。
Tさんが共産党の専従の道を選んだ時、お父さんが演説会に来られて共産党の話を聞いて、うん、これでいいといわれて帰られたそうです。
自ら信じた道を歩き続けてこられたTさんとご家族の愛情を感じました。

お仏壇には赤旗がお供えしてありました。
嘘とごまかしの政治を終わらせて、新しい時代を作るため頑張らなくてはの思いを強くしました。
どうか安らかにお眠りください。

posted by みっちゃん at 22:12| Comment(0) | 日記
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