2019年06月16日

第10回 生き生きクラス会 健康で文化的な最低限度の生活

生き生きクラス会。今回のテーマは健康で文化的な最低限度の生活。
どんどん減らされる生活保護基準の引き下げ。誰がどうやって決めるのか。生活するのに必要な生活費が基準になるべきなのに、国は物価が下がったから引き下げと全くこれまでの基準を
違うもので比べて、下げました。生活保護基準の偽装です。これによって生活保護もしくは生活保護水準並みを基準に保育料や、入院の食事代などさまざまな制度が関係しています。保護基準引き下げの影響は甚大です。しかも専門家の意見を聴くというルールも守らず厚生労働大臣が決めています。低い基準の生活保護には今やだれもが使っているスマホやケータイなどの通信費、などは含まれていませんし、娯楽費なども無し。生保基準以下の人でじっさいほごをうけているのは12.7%しかなく、先進国で比べても最低です。
憲法25条ができた1946年、日本中で餓死者が1000万人、その時にすべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利があると定めました。年金が足らなければ生保を受けたらいいという意見もありますが、第2項には国は社会福祉社会保障、公衆衛生などすべての部面において向上、および増進を図らなければならないとしています。生活保護だけでなく年金も医療も介護もすべてにおいて健康で文化的な最低限度が必要です。当時今ほどの経済力もないときに当時の時点でできる最低限度の生活はこれからもっとよくしていこうという決意が示されています。
 日本が批准している国連の人権規約の社会権規約には、国はこれらの実現のために利用可能な資源を最大限用いて措置をとる義務がある 2条の1
権利を認めてその実現に向けて措置をとる義務を負った以上は権利の実現を後退させる措置をとることは規約の趣旨に反する(交代禁止原則)
国がするべきはすべての人の生存権を保証すること。軍事費にはどんどん費やしてお金がないから消費税など話になりません。
司会者の方は「チコちゃんに叱られたではなくみっちゃんに叱られたみたいですね。」と。会場からは「家があっても生活保護は受けられますか。」との質問。
もっと生活保護のことを学ぶ必要を感じました。
posted by みっちゃん at 23:23| Comment(0) | 日記
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