2022年03月01日

初孫が高校を卒業 3,1ビキニデーオンライン集会に参加

3月1日は奈良県の県立高校の卒業式でした。勉強より遊びが大好き。学童保育所も3月31日まで通って。学校も学童も皆勤賞。塾はいったことがない。ちょうど中高一貫校ができた時で、学校のオリエンテーションや発表会に行って、ここなら大好きな自然や生物などが学べるのではないかとすすめてみました。
中学受験を目指す子供たちは、3年生くらいから塾に行ってそのための勉強をしています。
力試しで、合格したら儲けもの。と軽いノリで受験して見事合格。面接で勉強好きですかと聞かれて「嫌いです」と答え、先生が慌てて、「好きな学科は?」ときかれて「理科です。」と。
駅まで自転車で行けるだろうか、狭い道、もし事故にでもあったらとどれだけ心配したことか。
小柄でだぶだぶの制服に身を包んでいたのに、毎日30分の自転車の通学は、体力作りに大いに役立ったようですっかり成長しました。娘から送られてきた、卒業証書を広げて映っている写真はまぶしいほど輝いていました。
ここまで見守り応援していただいた、多くの方々に感謝です。
コロナや、ロシアのウクライナ侵略戦争など、不透明で困難な時代ですが、自分の信じる道をしっかり歩んでいくことを願っています。平和な未来を築くために。

 3.1ビキニデー集会にオンラインで参加。私のふるさと静岡県の焼津漁港から出発した第2福竜丸が引きの鑑賞の水爆実験で死の灰を浴びて久保山愛吉さんがなくなりました。1954年4月1日に結婚した私の両親の結婚式には被爆マグロは食べてはいけないとお刺身がなかったと聞かされました。1954年3月1日、太平洋上のマーシャル諸島、ビキニ環礁の実験はヒロシマ型原爆の実にに1000倍という恐ろしいものでした、これをきっかけに6回の連続核実験キャッスル作戦が行われ、これらはヒロシマ型原爆の3200発以上です。一連の実験で1432隻もの漁船が被害を受けたことが60年も経て、厚労省や水産省の資料で明らかになりました。
国は調査をしておきながら隠ぺいしてきた許されない行為です。
これが広島長崎の原爆投下で家も人も焼かれ町も家族も奪われたにもかかわらず、生き残った人々は大変な差別を受け、公に声も上げられなかったものが、ビキニの被爆によって、魚屋さんは魚を店頭に置けず、お母さんたちは放射能の雨を恐れて子供を外で遊ばすことができない。核兵器の恐怖を身をもって体験した人々が立ち上がって原水爆禁止運動を起こし、署名運動が始まり、核兵器禁止条約になりました。
昨年できた条約を名実ともに実行する時です、ロシアは核兵器で世界を威嚇するなどとんでもない暴挙です。
平和を願う人々と連帯して、戦争やめろ、核兵器廃絶の声を広げていくことを再確認で見た、ビキニ被ばく63周年2022,3.1ビキニデー集会になりました。
posted by みっちゃん at 19:16| Comment(0) | 日記
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