2019年07月28日

二宮金次郎から学ぶ

久々にゆっくり過ごすことができました。バナナケーキを焼いたら孫の友達が来てみんなで食べてくれました。以前から気になっていた、いつもお世話になっていた方が施設に入ったと聞いていましたがなかなか行くことができずにやっと面会に。
家に帰りたいと何度も言われていました。最後は皆さんおひとりになります。その時に住み萎えた地域で身近に最後まで暮らせる場所があったら安心ですね。

昨日の地球環境自然学講座は第8回目
二宮金次郎に学ぶ生き方と題して、7代目のお孫さんにあたる中桐 万里子先生のお話でした。
小学校に立っていた薪を背負って本を読んでいた銅像しか知りませんがとても魅力的な方だと知りました。
生きているだけで丸儲けは 明石家さんまさんがよく言われて有名ですが、初めて使ったのは二宮金次郎さん。様々な環境で人は生まれてきます。人そのものうまれ持ってきた力をあります。いろいろあっても今生きていることは今日まで生きられたこと。それは奇跡です。めばった樹というのは成長の遅い細い木のことを言いますが、それでも生きています。他の木より年輪が密で、根っこが深いなど特徴があります。

農耕的な生き方と狩猟的生き方では大きく違います。農耕型は共創る、みんないいものを作ろうと一流を目指す。一方狩猟型は弱肉強食の競争奪い合い社会、みんなが一番を目指す社会。

これからの共存できる社会は農耕型の社会が大切なのではないかと、大きな提起がありました。

あれが悪かった、こんなことしなければよかった、と物事を引き算で考える人と、今日はいいお天気だった、など足し算で人生を考える人とでは大きな違いが出てきます。
金次郎の銅像の大切なとことは足が1っ歩前に出ていること。常に前向きです。

そして大事なことは物事をよく見ること。知っているものでもたとへば10円玉でもいざ書けと言われたら細かいところはわかりません。よく見ることで物の本質がつかめるようになります。相手の気持ちをよく見る、そしてつながっていけることが大切です。

たからもの=田からもの 生きていく上で大切なことは田からのもの、たべもの作り出す勤労が大事。
大人の金次郎の像には本を読んでいるものがないそうです。本には答えがないからだという事。
「積小為大」

 積小為大とは、金次郎が作ったとされる造語です。「毎日の小さいことの積み重ねが、大きな事を成し遂げる」そして「大きな幸せは小さいところにある小さな種から生まれる」という2つの意味があるそうです。

報徳とは、「徳をすれば報われる」ではなく、「徳に報いる」という意味。今を生きている自分たちは、あらゆるものから恩恵を受けて生きています。日々の中にある「徳」に感謝し、その「徳」を自らの力に変えて報いていくべきという考えです。
7代目の方にお会いできたこともよかったですが二宮金次郎という人が全国600か所の村で災害復旧支援をしてきた人だと始めて知りました。

posted by みっちゃん at 21:06| Comment(0) | 日記
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