2012年07月31日

石垣スエノさんをしのぶ会

7月22日に行われた、石垣スエノさんをしのぶ会の実行委員会から資料と写真を送っていただきました。
私も実行委員でしたが、体調の関係で欠席させていただきました。

石垣スエノさんは、奈良県で始めての日本共産党の女性の議員で今の香芝市、当時の下田村の議員でした。当時高田紡績の医務室に配属され、17歳で日赤の看護婦養成所に入学し、和歌山日赤で看護婦と助産師の資格を取りました。当時呼吸困難になった施療患者には酸素吸入はしないことになっていましたが、石垣さんは院長に直訴して酸素を許可されたことがあり、社会主義者やとうわさされ、特高係に付きまとわれ、日赤を首になります。
昭和7年、大阪、奈良で行われる陸軍大演習に天皇が来るということで阿倍野署に連行され、本名を言え、誰と連絡しているのかと拷問を受けます。石垣さんは口を開かずがんばりとおして、傷が治るまで阿倍野署に留置され釈放されます。下田に帰ってから助産師を開業。今でも石垣のおばちゃんに取り上げてもらったという方々がたくさんおられます。敗戦後日本共産党に入党され、1951年の一斉地方選挙で村会議員に当選、2期勤められました。

ご主人の石垣憲弥さんは、私が土庫病院に就職した当時の事務長さんで大変お世話になりました。石垣のおばちゃんは私が選挙に出るたびに、あっこいったか、ここいったかいつも気にかけて応援してくれました。
日本共産党の90年の歴史は、苦難を乗り越え、差別も貧乏も戦争もない世の中を目指してきた進歩と発展のために戦ってきた人々の歴史です。実行委員会の皆様にお礼の気持ちでいっぱいです。
posted by みっちゃん at 20:52| Comment(0) | 石垣スエノさん
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2013年11月号
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