2019年10月17日

今日は河合デー

朝から、県議団ニュース原稿と、ホームページ挨拶の原稿仕上げて送りました。
訃報が入ってきました。議会事務局でお世話になった方がお亡くなりになりました58歳、まだお若いですね。同じ時期に病気になってお互い励ましながら声を掛け合っていました。命を使い切る生き方とはきっとこのようなことなんだと思えるような、いつも前を向いてえがおの素敵な方でした。心からご冥福をお祈りいたします。

施設入所のお願いをしていたNさんがお亡くなりになったため、申し込んだ施設に連絡。お世話になったケアマネさんにも連絡。

今日は河合デー。
平和委員会が河合町に自衛隊の名簿問題で申し入れ。馬場千恵子議員坂本博道議員と共に同席させていただきました。河合町はアンケートで22歳と18歳の名簿を紙で自衛隊に提供していると回答があった自治体です。申し入れに対し、以前この仕事を担当していた次長が、5年ほど前に個人情報のことが問題になったため河合町では名簿の紙媒体の提供を中止していた。今もそうだと思っていた。
担当のところが、上司絵の報告なく提供していたことが判明。町としてはこれからは行わないと約束していただきました。

喜多八で寿司ランチ。隣では宮堂遺跡の発掘調査が行われていて、坂本博道議員と現場に行き橿原考古学研究所の技師さんから丁寧に説明していただきました。
雨が降るとせっかく掘ったところが崩れてきたりするそうです。
たくさんの住協の柱の跡の穴が出ていました、中には土器が入っていて釜や皿、高槻などが土に半分う燃えているのを見せていただきました。縄文、弥生時代から鎌倉時代まで、何度も建物が同じところで建てられていたそうで、たくさんの穴からどれがどの時代の建物跡なのかを探っていきます。すごい作業です。
もうじき、説明会を開く予定とのこと。身近にこんなところがあることを多くの方に見てほしいですね。

日曜版2部拡大。河合町が2議席になったことで期待の声や要望を聞かせていただきました。


posted by みっちゃん at 21:50| Comment(0) | 日記

2019年10月15日

台風19号の救援募金の呼びかけ

朝、家の前で、今井さんですねと声をかけてくれたご夫婦がいました。お名前を聞くと、私が以前大変お世話になった方の息子さん。愛猫が動物病院に連れて行ったら逃げ出して行方不明になり、チラシを配って訪ね歩いている途中でした。
チラシをいただき、家の前にポスターも張り出して,facebookでも紹介させていただきました。
いなくなったらやはりさみしいですと、早く見つかりますように。

滋賀県に引っ越しをされたHさんから電話をいただきました。精神障がい者医療の奈良県のことを紹介していただき、滋賀でも学習会を呼びかけたら多くの方が関心を持ってくれたとのこと。奈良県の障がい者運動の取り組みが滋賀にも影響を与えていることはうれしいことです。

長年お世話になった広陵町の共産党を作り支えてくれた方がお亡くなりになり、3時に納棺の儀に行ってきました。
4時から上牧町の片岡台団地のところで街角トーク。14名が参加してくれて看板をもってスタンディング。19号台風の救援募金を訴えたところ2800円が集まりました。
17時30分から王寺駅で、生駒郡、北葛城郡合同の救援募金活動に取り組みました。小さな子供がお金を握って入れに来てくれたり、40分間で12574円 の募金が集まりました。
まだまだこれから、頑張らないといけませんね。



posted by みっちゃん at 20:42| Comment(0) | 日記

記録的大雨台風19号、人命最優先の対応を

記録的大雨で50人を超える死者が出た台風19号。避難者は3万人を超えました。夜中に多くのダムが緊急放流。それによってさらに大きな水害が発生したのではと思います。長野県の千曲川や福島と宮城県を流れる阿武隈川21河川で堤防が決壊しています。
気象庁から岩手、宮城、福島、茨城、群馬栃木東京、埼玉、神奈川、山梨、新潟、長野静岡の13件に大雨警報が出されました、
台風が近づいてきている時に事前に計画放流するべきではなかったでしょうか。
停電や断水、土砂災害いまだに水が引かない地域、泥に浸って生活できない家屋、避難所での不自由な生活、寒くなる中で被災された皆様の健康が心配されます。
自民党の二階幹事長氏は「まずまずの被害に収まった」などと
発言。
福島県では除染廃棄物が大雨で川に流出しています、
いまこそ政治が全力で救援復興支援をするべきです。

日本共産党は台風19号災害の救援募金を受け付けています。
募金送り先 郵便振替、口座番号 00170_−9−140321
           加入者氏名 日本共産党災害募金係
 通信欄に災害台風募金 とお書きください 手数料はご負担お願いします。
posted by みっちゃん at 06:33| Comment(0) | 日記

2019年10月06日

核兵器廃絶に向けて胎内被曝者濱住次郎さんのお話

ならコープ平和ライブラリー開設記念講演会に参加させていただきました。新しくできたコープふれあいセンター六条はカーナビになく迷いながら当直。胎内被曝者として初めて国連の会議で報告された濱住次郎さんのお話を聞かせていただきました。
1045年8月6日。お父さんが会社に出かけたまま帰ってこず見つかったのは、ベルトの金具と、鍵、がま口の金具だったそうです。49歳でした。濱住さんはお母さんのおなかの中にいましたが、身重のお母さんに代わって探しに行ってくれたおじさんも間もなく亡くなったそうです。被爆地から一駅離れていた濱住さんの家には一時30人もの人が焼けただれ身を置く場もなく来られていたそうです。12世帯8戸の隣組で10名が亡くなっています。濱住さんは49歳になった時に、生まれる前から被爆syの烙印が押されたことも意味父親の倍生きたいと「人間の尊厳」「人間の回復」を求めるたたかいに参加していきました。
濱住さんのお話を聞きたいと参加しましたが、次世代に記憶遺産を継承していこうと平和ライブラリーの開設記念であったことに感激しました。
奈良県の被爆者の歴史を掘り起こし、後世につたえるる取り組みをされている入谷方直さんのお話も、若草の会や伏見南小学校で被爆者の方を招いてお話て聞く取り組みがされていたこと、吉田病院の被爆者検診の記録などもあり、今残して語り続ける大切さを実感。来年NPTに参加されるカーン陽子さん、奈良県立大学の生協の取り組みや高校放送部のDVDの取り組みなど、県内で様々な核兵器カウ絶の取り組みが行われていることを知ってとても勇気をいただきました。
私も奈良県の全自治体の首長さんが賛同していること、平和首長会議や非核平和自治体宣言が行われていること、県議会で核兵器廃絶を求める決議が上がったことを報告。若草の会はなくなりましたが2世の方など呼びかけて被爆者署名をダイナミックに広げる県民の会ができたらいいと思っていることを発言しました。
来年に向けて、平和の思いを一つにして核廃絶の大きな力にしたいものです。
posted by みっちゃん at 19:16| Comment(0) | 日記

2019年10月05日

核兵器廃絶に向けてすべての人が力を合わせましょう

核兵器の廃絶は、戦争で片腕を失った叔父が、私がまだ子供だった頃から、正月には法多山など初もうでの人がたくさんいるところで、カンパををめたり署名をしたりそんな行動を何となく知っていたこと。
両親の結婚式が1954年の4月1日だったため、その年の3月1日にはビキニ諸島で水爆実験が行われ、結婚式にはお刺身がなかったことを聞かされて育ちました。
袋井だったため焼津は近く、マグロやカツオはよく食べていました。
きっとそんなことが核兵器廃絶運動のベースだったと思います。初めて母親になった年に日本母親大会に行きました。すごい衝撃でした。日本中の母親が全国各地で平和や、暮らしを守るために頑張っている姿を見ました。
広島で行われた母親大会には、母と、私、2人の娘たち 孫3人、長女の義母と参加。2010年、2015年NPOにも行き、サーロ節子さんとも会うことができました。
2年前の原水爆禁止世界大会には当時中学2年だった孫も一緒に参加しました。
核兵器が亡くなればそれだけで地球上で起きている様々な問題を家解決するお金が浮いてきます。
国民大運動実行委員会で奈良県連絡会の結成を呼びかけました。

「被爆者署名推進奈良県民の会結成の呼びかけ 案

来年2020年は、NYで原水爆禁止世界大会(4月24,25日)が開かれることになりました。またNPT再検討会議(4月27日から)も開かれ同時期に実施されます。
いよいよ核兵器廃絶に向けてダイナミックな取り組みが求められています。
2017年7月7日に核兵器禁止条約の決議が国連で決議され、これまで生物化学兵器は禁止されていましたが、核兵器については全くルールがありませんでした。
決議されたのは、これまで頑張ってきた被爆者の皆さんの自らをさらけ出して核兵器の悲惨さを訴え続けた勇気と情熱、そして核兵器は人間として生きることも死ぬことも許されない、非人道的な兵器であり絶対に許されない、人類と核兵器は絶対共存できないという思いが世界を動かしました。
ところがいまだに日本政府は署名すらしていません。世界ではすでに79か国が署名して、批准した国は32か国に及んでいます。条約の実装まであと18か国と迫っています。
奈良県においては2010年にNPT再検討会議に県内の全首長の核兵器の廃絶を求める被爆者署名に賛同いただき、全国で初めての取り組みとなりました。その結果、その後奈良県のすべての自治体が平和首長会議に参加して、非核自治体宣言を行っています。
また奈良県議会においては2017年2月には核兵器廃絶を求める決議を全国に先駆けて全会一致で可決しました。県下の自治体は3市1村9町にて核兵器禁止条約の署名や批准を日本政府に求める意見書が採択されています。
1955年に第1回世界大会が広島で開かれ、広島市長の呼びかけで平和首長会議が作られました。平和首長会議は核兵器廃絶の目標を2020年としています。
奈良県の被爆者や2世の方が呼びかけ人なって、核兵器のない世界を作る大きな取り組みを奈良県で広げ、核兵器廃絶を求める被爆者署名を多くの県民に呼びかける県民会議を作ることを提案します。
来年の春、奈良県から多くの署名と代表団を送り出そうではありませんか。


posted by みっちゃん at 06:08| Comment(0) | 日記
http://mituko-imai.jp